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韓国さん!日本叩きと言う種が韓国軍の悪行と言う実を付けましたね?爆の巻

日本の慰安婦問題を声を大にして世界に喚き回ってる韓国ですが、欧米で
ベトナム戦争時の韓国軍の悪行が叫ばれ始めたようですね


まぁ今まで売春婦問題で日本に対して色々難癖を付けている韓国ですので
さぞかしベトナムの被害女性やそれによって被害を受けた韓国軍兵士との間に
生まれた事で被害を受けたライダハンに対して、彼らが満足行く様に対応する
のを見せて頂きたいものですね?


そこで先ずは産経新聞の記事抜粋より

韓国兵は3回も私を襲った…ベトナム戦争の残虐を英紙が報道、欧米で怒り・驚き噴出

さて、今週ご紹介するエンターテインメントは、外交の場で露骨な日本への嫌がらせを展開した、ちっとも進歩がないあの国に関するお話でございます。

 既にご存じの方も多いと思いますが、韓国大統領府で11月7日の夜、ドナルド・トランプ米大統領を招いた晩餐(ばんさん)会が催されたのですが、何とそこに元慰安婦の李容洙(イ・ヨンス)さん(88)が出席。トランプ大統領と抱擁を交わしたのです。

 おまけに、その晩餐会のメニューに、韓国が不法占拠を続けている竹島(島根県隠岐の島町)近海で捕れた「独島(竹島の韓国での呼称)エビ」の和(あ)え物をふるまったのです。

 李さんは韓国の大統領府が招待したのですが、慰安婦問題をめぐっては国内外での慰安婦像の設置に関わり、2015年の慰安婦問題をめぐる日韓合意も破棄するよう強く求めていることで知られます。

 そして「独島エビ(甘エビの一種)の和え物」についても、大統領府が晩餐会に先立ち、こんなメニューがあるとばかりに、わざわざ発表したのでした。

 就任後、初めて韓国を訪問するトランプ米大統領を歓待する場を、なぜ反日一色に染める必要があるのか、普通ならサッパリ理解できませんが、記者にはひとつ、思い当たるフシがありました。

 欧米の音楽や映画にとどまらず、国際政治や経済、IT(情報技術)、動物愛護、環境保護、UFO&地球外生命体騒ぎに至るまで、国内外を騒がせるニュースをすべて”エンターテインメント”ととらえ、他のメディアと違った視点でご紹介する本コラム。

 なので、韓国と慰安婦絡みの問題も「韓国軍が数千人ベトナム女性を強姦し、慰安婦にしていた…米国メディア『日本より先に謝罪すべきだ』」(今年1月20日付、http://www.sankei.com/west/news/170120/wst1701200001-n1.html )と「慰安婦、虐殺、強姦…自軍の犯罪を隠す『韓国』 国定『被害者マゾ』歴史教科書、ベトナム激怒」(今年4月6日付、http://www.sankei.com/west/news/170406/wst1704060007-n1.html )でご紹介したのですが、この中でご説明した、ベトナム戦争(1960年代後半から70年代初め)時、米の同盟軍としてこの戦争に参戦した韓国軍が犯した極悪非道の行為に最近、とうとう欧米からも非難の声が上がり始めているのです

 というわけで、今回はそのお話について、しっかりご紹介したいと思います。

    ◇   ◇

■「韓国兵3人が次々と…私は3回も出産させられた

 この記事を見つけたときは驚きましたが、読み進めるうち、驚きは嫌悪感から怒りに変わりました。

 今年の9月11日付の英紙インディペンデント(電子版)です。見出しはこうです。「戦時下でレイプされたベトナムの女性たちは、生涯受ける苦痛と損害に対する裁きを求めている」

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 以前の本コラムでご説明したように、ベトナム戦争時、米の同盟軍としてこの戦争に参戦した韓国軍が13歳から14歳(の女性)を含む数千人のベトナム女性に対し激しい強姦または性的暴行を行い、その残虐行為によって多くの女性が妊娠・出産。彼女たちが産んだ混血児(ライダイハン、Lai Dai Han )が現在、ベトナムには5000人から3万人存在しています

 前述のインディペンデント紙の記事は、そんなベトナムの被害者女性たちの生々しい声を拾い集めているのです

 最初に登場するのは、ライダイハンの男性、トラン・ダイ・ナットさんです。1975年4月、彼が5歳の時、ベトナム戦争が終わったのですが、彼は当時をこう振り返ります。

 「私はまだ若過ぎて、自分のアイデンティティーを感じることはできませんでした。そして、母に、なぜ私が他のベトナムの子供たちと違って見えたのかについて、まだ疑問を持っていませんでした」

 「しかし、共産主義者が勝利を宣言したとき、私に関する全てが変わった。突如、私は危険なほど(他の子供たちと自分が)違っていることを知りました」

 ナットさんは学校で虐(いじめ)められ、苦しみました。「私は繰り返し、虐められました。他の子供たちは、私の父が誰かを尋ね続け、彼を「犬」と呼びました。私は黙って耐えるしかありませんでした」

 「私が18歳の時、母は私の前に座り、韓国兵にレイプされたと明かしました。1度ならず、3度も。だから私と、私の2人の女兄弟の3人が混血であり、ライダイハンなのです

 ナットさんの辛い告白を紹介したあと、このインディペンデント紙はこう説明します。

 <韓国がベトナム戦争に関与した話は、ほとんど知られていない>

 <韓国軍の部隊は(ベトナムの)民間人女性を単独で搾取するだけでなく、彼らの国は(レイプの被害者たちの)告発を決して認めず、(事実の)調査のための措置を取らなかった

 さらに、ナットさんの母親で、現在、76歳になるトラン・ティ・ンガイさんは、自身の悲惨な過去をインディペンデント紙の取材に対し、赤裸々に吐露します。ンガイさんは時折、すすり無き、怒りと悲しみで涙をぬぐいながら、話し始めました。体は弱っていますが、ベトナム戦争中に受けた性暴力に関する記憶ははっきりしています。

 「ベトナム戦争当時、私は若く、村人を助けるため看護師をしていました。両親は農場で働いており、私たち一家は本当に貧しかったのです」

 そんなンガイさんが韓国兵に初めてレイプされたのは24歳の時だといいます

 「看護師のシフト勤務で、私は昼食後の昼寝のため、帰宅しました。すると、近くの基地の韓国軍の指揮官が部屋に現れ、私を抱きしめました。私は凍り付きました。誰も兵士には楯突けません。彼は私の体を触りはじめ、私をレイプしました。私は大声で叫び、助けを求めましたが、誰も来ませんでした。その後、私は数日間、泣き続けました。しかし両親は私を責めました。私が自分の意志で彼と性行為に及んだと思っていたのです。両親は子供を堕ろせと言ったので、私は薬を飲みましたが、失敗し、小さな女の子を産みました。私は自殺しようとしましたが、どういうわけか生きていく方法を見つけたのです」

 韓国兵の恐ろしい残虐行為なのですが、本当に恐ろしいのはこれからなのです。なぜか。韓国兵に1度レイプされ“汚された”ベトナム人女性は、仲間たちに“公正なゲーム”とのレッテルが貼られ、またレイプしても問題なしという扱いを受けたというのです

 そのため、ンガイさんは再びレイプされてしまいます

 「私の最初の子供の父親は韓国に帰りましたが、赤ちゃんのことを調べると偽り、別の韓国兵が我が家に送り込まれてきました。彼は私を引っ張り、床に強く叩(たた)き付け、レイプしました。彼も韓国に帰国。私はもう1人の娘を出産。毎日、泣きました」

 そして信じがたいことに、ンガイさんは翌年、彼女の居場所を同僚から聞いた別の韓国兵にレイプされてしまうのです。「3度目のレイプのあと、私は本当に傷つき、悲惨な気持ちになりました。誰も信じられなくなりました」

 自分でレイプしておいて“汚された女”とのレッテルを勝手に貼り、その後は別の奴らが寄ってたかってレイプ人間の所業ではありませんね

 ンガイさんは訴えます。「韓国政府はベトナムの女性にしたこと全てについて、謝罪すべきだと思います。私たちの国は過去の歴史において、(ベトナム戦争のような)多くの出来事を経験しましたが、今もなお苦しんでいるのはライダイハンです」

 このインディペンデント紙は他にも、当時、韓国兵にレイプされ、妊娠・出産した2人女性の恐ろし過ぎる体験や、うち1人の息子(44歳)がライダイハンとしてこれまでに受けた差別についての当人たちの証言を報じています。

■「大戦中の日本の行為より、1970年代のベトナムでの残虐を調べる方が簡単なはずだ

 そしてこの記事の読者コメント欄には「彼ら(韓国側)は日本に対しては、第二次世界大戦中に慰安婦だった女性たちに対し、補償や謝罪以上のことを求め、強く抗議してきたが、私は、韓国が、1970年代に起きたこうした出来事について調査するのはより簡単なはずなのに、こうした彼女たちの告発を決して認めないということが信じられない」というように、自分たちがベトナムで犯した残虐行為は徹底無視し、日本には「性奴隷にするため女性を拉致したという明確な証拠はない」(別の投稿より引用)にも関わらず、日本政府に慰安婦への補償や謝罪を求めたり、この問題をめぐって反日キャンペーンを展開したりすることへの疑問が示されています。

 しかし、韓国政府は、自分たちに都合の悪いこの問題については相変わらず徹底無視です。

 実際、韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領は11月12日、アジア太平洋経済協力会議(APEC)出席のため、初めてベトナムを訪問しましたが、ベトナム戦争時のこうした残虐行為については滞在中、触れませんでした。

 とはいえ、タイムズ紙やガーディアン紙などと同様、英の高級紙(今はオンライン新聞)の一角を占めるインディペンデント紙がこの問題を報じたことで、欧米でも韓国政府の不誠実ぶりが知れ渡り始めています。

 実際、本紙既報の通り、ベトナム戦争に派兵された韓国軍兵士がベトナム女性をレイプするなどして「ライダイハン」と呼ばれる混血児が生まれた問題で、「暴行の犠牲者になった人たちを救おう」と、英国の民間団体「ライダイハンのための正義」が9月に設立されました

 話は最初に戻りますが、ドナルド・トランプ米大統領を招いたさきの晩餐会を反日一色に演出したのは、こうした動きの活発化に対する焦りからではないかと思うのです




そろそろ世界も韓国の執拗な日本苛めと言うか、余りのしつこさに嫌気がさし
て来たのでしょうか?

自分達で蒔いた日本叩きと言う種が世界各地で芽を出して来たと同時にそれに
より韓国軍の悪行が実を付けて行く様な感じになってますね
?爆

まぁそうなって来ると何時もの韓国らしく、必死になって日本がぁ~!と
また喚き出すんでしょうが、多分余計に火に油を注ぐ結果となるのが見えて
来ますね?

それでも自分達は正しいんだ!と辞める事無く必死になり余計に世界の嫌われ
者となって行くんでしょうね?

納得するまでやれば良いと思うのですが、日本はそんなアホな国の事は放って
置いて
未来に向かいどうして行くかを考える事としましょう!

頑張るぞ日本人!!! 
























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# by mabo89 | 2017-12-01 09:54 | 時事問題 | Comments(0)

日本政府は一体どうしたいの?かをハッキリ言えよ!!の巻

北朝鮮がミサイルを発射しましたが、日本のTVでは1割が北朝鮮のミサイルで
残りの9割は日馬富士の問題ばかりが取り上げられてる様な感じがしますね?

国民が興味を示さないのか?それともメディアが意図的に取り上げないのか
良く分かりませんが、本当に北朝鮮問題を取り上げる比率が少ない様に思うの
は私だけでしょうか?

そこで私が思うのは、北朝鮮のミサイル問題ですが、日本政府としては一体
どうしたいのか?どうしようと思ってるのか?が全く見えません


と思っていたら元国連大使の佐藤氏インタビューの記事を見ました。

佐藤氏が文中で言う様に日本は国土防衛と言う点では「日本は東西冷戦期から
米国任せにして、抑止戦略の現実と向き合うことを避けてきた
」と言って
ますが、全くその通りだと思います。

避けて来た事で日本の外交がドンドン弱腰外交へとなって行ったのだと思います

そろそろ現実から目をそむけずに日本政府としてどうして行くか?と言う
事を明言して行かなくては行かない時期に来てると思います。

そこで今日の産経新聞の記事抜粋より

【北ミサイル】「日米同盟の抑止力強化を」 佐藤行雄元国連大使インタビュー

北朝鮮による核・ミサイルの挑発に、米国の「核の傘」に依存する日本は何をなすべきか-。

 安全保障や軍備管理にからむ外交交渉に長年携わってきた佐藤行雄元国連大使(78)が産経新聞とのインタビューに応じ、北の核の脅威が現実となった今こそ、米国が日本に提供する「拡大抑止」の実効性と信頼性が試されていると指摘。日本は防衛力整備と米国との緊密な防衛協力を通じて「日米同盟の抑止力」の強化に努力すべきだと強調した。(渡辺浩生)

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 佐藤氏は今年7月、日本の抑止戦略の変遷と提言をまとめた「差し掛けられた傘 米国の核抑止力と日本の安全保障」(時事通信社)を出版。25日に日本防衛学会「猪木正道賞」特別賞を受賞した。

 著作には、佐藤氏が外務省の報道課員だった1966(昭和41)年2月、当時の椎名悦三郎外相が「日本は米国の核の傘に入っているのかという質問に対して、「傘は差し掛けられることもある」と答えたエピソードが紹介されている。

 佐藤氏は「核の傘は米側の意図によるもので、日本が頼んだものではないという長年日本人に染み着いた意識が椎名氏の言葉に表れているとし、それが著作のタイトルにもなった。

 日本は唯一の被爆国として非核三原則(核兵器を持たず、作らず、持ち込ませず)を国是としつつ、核の脅威への対応は米国の核抑止力の対象を同盟国日本にまで広げる「拡大抑止」に依存している。しかし、佐藤氏は「日本は東西冷戦期から米国任せにして、抑止戦略の現実と向き合うことを避けてきた」と指摘。

 実際、日本政府が米国の拡大抑止を「不可欠」と位置づけ、その信頼性向上のために米国と緊密に協力する姿勢が初めて打ち出されたのは2010(平成22)年、「防衛計画の大綱」の決定だった。政策転換は「日本人の防衛意識の変化、とりわけ北朝鮮の核ミサイル開発と中国の軍事拡張への警戒感が大きかった」。

 安倍晋三政権が13年に閣議決定した「国家安全保障戦略」と防衛大綱は、米国の抑止力に加え、日米の防衛協力や日本独自の防衛力を一体ととらえて対処する「日米同盟の抑止力」という概念も初めて示した。その後、「日米防衛協力の指針(ガイドライン)」の日米合意、安全保障関連法制の施行を通じて、同盟の抑止力を強めていく態勢が整う。「これらの法制度がなかったら、北の核の脅威が高まる今日、防衛協力を強く求める米国の圧力を前に背筋が凍る思いをしていたはずだ」と語る。

 来年にも北朝鮮が米本土に届く大陸間弾道ミサイル(ICBM)の開発に成功する可能性があるが、「冷戦期の米ソ間のような『相互確証破壊戦略』に基づく相互核抑止を米国が認めるはずはないし、トランプ政権は米国や同盟国を北の核の脅威にさらすことを許さない」と強調。「北が攻撃する兆候を見せれば、ためらうことなく壊滅的攻撃を加えるだろう」と予測した。

 佐藤氏は、日本の核武装論について、「議論はすべきだが、現実的選択肢ではない。日米安保条約と本来両立せず、核拡散防止条約(NPT)体制も揺るがしかねないからだ」と断言。「ミサイル防衛の強化をはじめ、日米同盟の抑止力の信頼性を高める努力に専念すべきだ」と訴えた。




確かにアメリカとの「日米同盟の抑止力」も大切ですが、先ずは日本が1つの
独立国家として、国を守る為に何をどの様にして行くかを決めるのが1番で
それに伴う犠牲も出るでしょうが、それはどこの国もやってる事ですね


まぁ今の日本人では自分さえ良けりゃ良い!と思ってる人も多い中でそれを
言う事は難しいかも知れませんが、うやむやにせずハッキリと言うべき事
ですね?

政治家も逃げちゃ駄目です。

ただ日馬富士の問題も同じで、確かに怪我をさせた事は非常に悪いしカラオケ
のリモコンで叩くと言うのはもっての外ですが、日馬富士も先輩達から躾と
言う名目
で仕込まれて来てると思います。

そんなやり方は日本人の先輩によって教えられたやり方だと思いますね

時代が違うと言っちゃそれで終わりですが、多かれ少なから特にスポーツの
中では多少の愛の鞭は実際あるのが当たり前です

今の時代はそれを言った人が悪者になる時代ですが時と場合によっては
必要な時があると思う私は古いのでしょうか?


そんな中での「多少の犠牲が出るかもしれない?」と発言するのは本当に
勇気が要るとは思いますが、どこかで誰かが言わなければならない日が必ず
来ると思います。

とにかく私達一般市民も気を引き締めて行きましょう!

最後に小野田元少尉の言葉を腹に刻み込んでおきましょう!

私は戦場で30年生きる意味を真剣に考えた
戦前人々は、命を惜しむな!と教えられた、死を覚悟して生きた。
戦後日本は何かを命がけでやる事を否定してしまった
覚悟をしないで生きられる時代は良い時代である
だが死を意識しない事で日本人は生きる事をおろそかにしてしまっては
いないだろうか?」


頑張るぞ日本人!!! 

























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# by mabo89 | 2017-11-30 10:43 | 時事問題 | Comments(2)

で、日本としてどうするの?の巻

昨日、北朝鮮のミサイル発射を記事にアップした途端に昨夜未明にミサイルを
発射した模様ですね?

アメリカも直ぐに行動にも出ず、一旦はこれで表面上は収まりそうですが、
来年にはアメリカまで届くミサイルに核を搭載できる様なので、そこまでには
なにか動きがあると思います。

しかし、気がきじゃ無いのが青森周辺の猟師や日本海側の漁師達でしょうね?

時事通信の記事にも書かれてましたが、先ずはその記事抜粋より。

未明の発射、「ぞっとした」=北ミサイルにうんざり-青森・秋田

「ぞっとした」「もうやめて」。29日未明の北朝鮮による弾道ミサイル発射は、落下点付近で操業する漁業関係者らに不安を与えた。一方、度重なる発射に、「挑発行為はうんざり」との声も聞かれた。 小泊漁協(青森県中泊町)の漁船は、この時期、イカやタラ、ブリなどを水揚げするため、深夜から早朝にかけて操業。29日は海が荒れていたため、早めに帰港していた。同漁協の男性職員(28)は「場所や時間がずれていたらと思うと、とても怖い」と語る。「発射されたと分かっても、海の上でどうすればいいのか」と懸念を口にした。 幾度ものミサイル飛来に「慣れっこになってしまった」との声も。秋田県漁協北浦総括支所(男鹿市)の浅井和博所長(57)は「ミサイルが怖いからと言って漁に出ないわけにはいかない」と話す。北浦地区では今年3月、全国初のミサイル落下を想定した避難訓練が行われたが、「本当に意味があったのだろうか」と疑問を呈した。 青森県庁では防災危機管理課の職員が午前4時ごろから次々と登庁。日本海沿岸の市町に連絡を入れ、情報収集に当たった。9時前には対策会議を開催。三村申吾知事は度重なるミサイル発射は安全安心を脅かす事態で、断じて容認できない」とのコメントを出した。





文中になる様に海が荒れて無かったら・・・って本当に危ないですよね?
例え核を搭載してないにしても、日本の舐められ様が酷いです

まぁ平和ボケした日本人が多い上、自分に直接関係が無けりゃ気にもしない
国民になってしまったんでしょうね


ニュースでもやる事と言えば日馬富士の事ばかりです。
あの事件も貴乃花が協会の要請にも答えず出頭もしないって・・ですよね?

真相が究明される前に日馬富士が引退を表明で幕引きです。

それよりも日本の国の方が事件としては大きいと思うのですが、普通の人は
余り気にしないんでしょうね


本当に平和ボケした国になってしまった事が残念です

頑張りましょう日本人!!! 


















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# by mabo89 | 2017-11-29 12:20 | 時事問題 | Comments(4)

北朝鮮に動きあり!年末年始は要注意ですね!の巻

北朝鮮がひょっとしたらミサイル発射の行動に出るかも?と言う記事が今日の
産経新聞に掲載されてました。

これは発射準備をうかがわせる電波信号などが捕捉されたというのが根拠
見方によってはアメリカの行動を見る為の場合もある!と記事では伝えて
ますが、注意は必要ですね?

先ずは産経新聞の記事抜粋より

北朝鮮ミサイル発射の兆候 政府が信号を捕捉、不測の事態に備え警戒継続

北朝鮮が近く、弾道ミサイルを発射する兆候が観測されたことが27日、複数の政府関係者の話で分かった。発射準備をうかがわせる電波信号などが捕捉されたという。朝鮮人民軍による訓練や陽動作戦の可能性があり、政府は慎重に分析を進めている

 政府高官は27日夜、「兆候はあるが、必ず発射につながるとはいえない。過去にも同様の動きはあった」と述べた。防衛省幹部も兆候観測を受け、引き続き警戒していく方針を強調した。

 北朝鮮は9月15日、日本列島を飛び越す形で中距離弾道ミサイル「火星12」を発射したが、以降は発射の動きを止めている。米国が原子力空母3隻や戦略爆撃機を朝鮮半島周辺に展開するなど、軍事的圧力を強めたことが奏功したとの見方が出ている。

 ただ、米韓当局は9月末以降、平壌郊外の工場からミサイルを積んだ移動式発射台が搬出されたり、複数の場所で移動式発射台が動いたりする様子を捉えていた。韓国の情報機関、国家情報院は今月20日、北朝鮮のミサイル施設で車両の動きが活発になり、エンジン実験も実施したとみられると国会に報告し、年内発射の可能性があるとの分析を示していた

 米国は今月20日、北朝鮮を「テロ支援国家」に再指定した。北朝鮮は対抗措置として米国本土を攻撃する能力の保有を誇示する可能性がある。過去2回は射程を抑え、日本海に落下させるにとどめた大陸間弾道ミサイル(ICBM)の「火星14」の発射や、新型ICBM「火星13」を撃つ可能性が指摘されている

 日米両政府は日本海などへイージス艦を配置し、24時間態勢で警戒にあたっている。中四国4県や北海道函館市には空自の地対空誘導弾パトリオット(PAC3)が展開し、不測の事態に備えている。




まぁ北がミサイルを撃っても日本は摩擦を恐れて迎撃もしないでしょうが
一緒に警戒に当たってるアメリカの出方は分からないですね

もしもアメリカが1発でも迎撃ミサイルを発射したら、同時に北朝鮮への
攻撃に入る可能性は非常に高いと思いますね!

日本政府は今年の年末から年始にかけて要注意だ!と言う見方をしてる様です
が、実際にそうなりつつあります。

いつ来るか分からない大震災と北朝鮮のミサイル攻撃に備えて心の準備は
しておいた方が良いでしょうね?

とにかく頑張りましょう日本人!!! 

























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# by mabo89 | 2017-11-28 09:19 | 時事問題 | Comments(0)

こんな記事を読んだら気合を入れて生きて行くしかないでしょ?の巻

先日、韓国との国交断絶を真剣に考える時だ!と言う話を書く時に紹介した
小野田寛朗元少尉ですが、今日の新聞を読んでて小野田さんの言葉が再度
頭に浮かんで来ました。

そこで先ずは産経新聞の記事抜粋より

沈みゆく「最上」に敬礼、米軍機による撃沈は免れたが最後は味方の手で…元乗員が見たレイテ沖海戦(下)

昭和19年10月、フィリピンのレイテ島周辺海域で繰り広げられたレイテ沖海戦。この史上最大規模の海戦に“囮(おとり)部隊”として参戦した重巡洋艦「最上(もがみ)」に乗艦していた元海軍零式水上偵察機(零式水偵)搭乗員、加藤昇さん(95)は奇跡的に生還した。だが、日本海軍にとって“最後の艦隊決戦”と呼ばれるほど、その戦いは過酷だった。日本海軍の戦艦や空母など主力艦はほぼ全滅。加藤さんの乗艦した最上は、米艦隊や米機の攻撃による撃沈は免れたものの“壮絶な最後”を迎える…。(戸津井康之)

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最上の最後

 「そのとき敵艦隊の姿は見えませんでした。残っていたのは『時雨(しぐれ)』と『最上』…。味方の艦隊も撃沈し、ほぼ全滅していたのです…」

 駆逐艦「時雨」は、ミッドウェー海戦、マリアナ沖海戦など数々の激戦から生還してきたことから、米国の海事史研究の歴史家、サミュエル・モリソンが“不沈艦”と命名した軍艦だ。

 ようやく最上の操舵装置が復旧。護衛にきた駆逐艦「曙」とともに退避しようとしたが、米軍の空襲に遭う。遂に最上は航行不能となり、総員退去命令が出される。加藤さんは士官として艦内を見回り、残された部下を探し、声をかけて避難させると、最後に自分も海に飛び込み曙に乗り移ったという。

 航行不能となった最上には曙から魚雷が撃ち込まれた。米軍による撃沈をかろうじて逃れた最上だったが、最後は味方の手で沈められたのだ。

 「救助された乗員たちは敬礼をして沈んでいく最上を見送りました。ともに過ごした最上が沈んでいく…。感傷的な思いが沸き起こるとともに、艦内に残してきた戦死者や重傷を負った兵士たちのことを思うと涙が込み上げてきました」

水上機での爆撃

 最上の生き残った乗員たちを乗せた曙はマニラへ到着。加藤さんたち水上機の搭乗員たちはマバラカットの飛行場へと移動した。しかし、水上機乗りに休息している暇などなかった。

 「貴様は水上機乗りだから水上偵察機『瑞雲(ずいうん)』へ乗れ!」。マバラカットに着いた加藤さんは上官にこう命じられ、フィリピン北部のキャビテ(カヴィテ州)の基地へと転戦する。

 ここで瑞雲の機長となった加藤さんは米輸送船団などを爆撃する任務に就いたという。

 「250キロ爆弾を積んで何度も出撃しました。たいてい7〜8機で出撃するのですが、多くが撃墜され、2〜3機のみで帰ってくることも少なくなかったですね

 瑞雲は複座型。後部座席に乗った機長の加藤さんが、風の流れを計測し、爆撃照準機をのぞき込む。  「“よーい、てっ(撃て=発射)”と号令をかけて爆弾を投下するのです」  米軍機に追われることもあったが、機長の加藤さんは「右!、左!」と前席の操縦士に指示。高速の瑞雲は急降下しながら雲の中に入り、追撃を振り切ったという。

 加藤さんは出撃の度に敵輸送船を撃沈し、何度も表彰を受けた。しかし、あるとき1機だけで生還した加藤さんに上官はこんな言葉を浴びせた。「貴様は本当に爆撃に行っているのか?」と。

 このとき一緒に基地へ帰還した搭乗員は後に特攻で戦死したという。

特攻隊の基地へ

 太平洋戦争末期の20年に入り、加藤さんは鹿児島県の鹿屋海軍航空隊へ配属される。映画「永遠の0(ゼロ)」の舞台にもなった特攻隊の出撃基地である。

 中尉となった加藤さんは、同基地で「多くの特攻隊員たちを見送りました」と言う。

 その後、航法訓練教官として大井海軍航空隊へ配属された加藤さんは予科練習生の指導に就き、8月15日に終戦の日を迎えた。

 だが、士官だった加藤さんは部隊解体後も基地の残務整理のために残り、京都へ帰郷したのは翌21年1月だったという

 京都へ戻った加藤さんは就職するために、もう一度、大学を受験し直すことにした。「今度は関西大学に通うことにしました」

「死ぬまで勉強」、尽きぬ向学心…

 レイテなどで命を懸けて戦った海軍士官の加藤さんでさえ、復員後の生活は困窮し壮絶な苦労を重ねてきたのだ。しかし、そんなつらさを微(み)塵(じん)も感じさせない快活さで加藤さんは、その後の人生を語ってくれた。

 「当時、戦地から帰還し、大学生に戻る元軍人は多かったんですよ。その中には海軍兵学校や陸軍士官学校出の秀才も少なくなかった」と語る加藤さんは立命、関大と大学を2回卒業しているが、現在も「高齢者学」を学ぶため、京都市の市民講座や大学などで講義を受けているという

 戦争の最(さ)中(なか)、繰り上げ卒業をさせられ、学びたくても満足に学べなかった加藤さんたち元兵士の旺盛な向学心に、平和な時代に生きる現代の日本人が忘れてしまった大切なもの、学ぶべきことは多い

 「死ぬまで勉強ですからね」と語る95歳の加藤さんの明るい笑顔に、心底そう痛感させられた。




この記事を読んでて自分が如何に飽食の時代に生まれたのかを痛感せざるを得
ませんね?

学びたい時に好きな様に好きな学問を勉強できる時代なのに、時代がそんな
平和で自由がある時は学生達はどうやって遊ぶか?を必死に模索し・・と言う
のが現状です。

この記事を読み、文頭で書いた小野田元少尉の言葉が重なったのです。

私は戦場で30年生きる意味を真剣に考えた
戦前人々は、命を惜しむな!と教えられた、死を覚悟して生きた。
戦後日本は何かを命がけでやる事を否定してしまった
覚悟をしないで生きられる時代は良い時代である
だが死を意識しない事で日本人は生きる事をおろそかにしてしまっては
いないだろうか?」

そうなんです!私も含め常に死を意識しながら生きてるか?と聞かれたら
答えはNO!ですね?

こんな記事を読んだら、今この時代に生まれた事に感謝し、精一杯生きて
行かなければいけないなぁ~!と感じてしまいますね?

今日も一日命がけで頑張って行きたいと思います

頑張るぞ日本人!!! 

























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# by mabo89 | 2017-11-27 09:06 | 時事問題 | Comments(0)